FUNFAM創業者インタビュー【離乳食研究家YASUYO】

2017年7月29日

 

MC
どうして起業したのですか?
YASUYO
子供が生まれたことがきっかけです。当時中国製商品のメラミン混入事件や玩具の鉛混入事件など、親が不安になるニュースが毎日のように流れていました。ひとりの母親として安心して娘に使わせられるようなものが周りになかったので、自分が作ろうと考えました。そこで両国の職人に頼み込み、はじめの一つを作ってもらったのです。

MC
YASUYOさんご自身が、やけどをしながら作った話は有名ですね。
YASUYO
当時はレーザーで加工なんて数は販売できなかったのです。北海道の職人に、はんだゴテを作ってもらい、そのコテで焼印していきました。ただハンダゴテは押しているうちに熱くなるので、バケツを隣において冷やしながら、押していくのです。ただ手のひらだけは火傷してしまうので、多い時は1日100枚、タオルを巻いて冷やしながら焼印していました。

MC
いかにも創業者のストーリーですね。
YASUYO
ハハハ。事業を0から1にする大変さは文字通り、肌で感じています(笑)
MC
以前は全く違うお仕事をされていたそうですが。
YASUYO
国際線のフライトアテンダントでした。そこでは礼儀作法というプロトコルからコーチングまで色々なことを学びました。自分がお客様に満足していただける1流のサービスを提供するには、1流のサービスを受けなくてはならないことも学びました。

MC
さっき驚いたのですが、名刺に面白い肩書が書いてありますね(笑)
YASUYO
私の名刺には「働く子育てママを応援する事業部長」という肩書を付けています。4人に1人が65歳以上の高齢化社会の中で、日本の労働人口は減少の一途。このままではGDPも比例し、減少することは確かです。だからこそ、日本の未来は働く女性にかかっているはずです。特に母親の目線で開発されたものやサービス、平たく言えば市場などはまだまだ可能性が眠っています。私は事業を通じ、このような女性に働く機会を創りたいのです。


MC
お子様もモデルとして活躍されているのですね?
YASUYO
恥ずかしい話ですが、予算がなかったので、娘をモデルに使わざるを得かったのです。「娘が使って喜ぶかどうか」ベビーカーを隣に置いて、一つずつ私が商品に焼印を入れていたころからずっと娘が最大の意思決定者です(笑)小学生になった今では、自分が絵を書いて、こんなのを作ったら良いと言ってきます。

 
MC
レシピも発刊していますね。その目的は?
YASUYO
食器は料理の一部です。せっかくFUNFAMを出産祝いで贈られても作れなければ意味がありません。そこでママを応援する意味で食器に併せたレシピを作ったのです。それでも作り方が分からないという方に、離乳食スクールという料理教室を開催しているのです。それも自分の子育ての経験から得た知識を誠実に伝えていくことが使命だと思っているんです。

 

MC
お子様が産まれるママへ一言、メッセージをお願いします。
YASUYO
今も母親を不安にさせる「食の安全」に関するニュースが報道されています。自分は何を信じれば良いのか。真面目なママほど一人で抱え込んでしまうようです。私も同じ気持ちでしたし、だからこそ子供を持つ母親の目線で商品を作ってきました。もし、困ったら先輩ママとしても何かお役にたてるかもしれないですね。近く、離乳食スクールでお会いしましょう!ママ友もできるし、和気あいあいで楽しいですよ。

離乳食スクール・CLUB YASUYO WEBはこちら!

 

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