FUNFAM創業者として離乳食研究家として活動するYASUYOインタビュー

YASUYO:子供が生まれたことがきっかけです。当時中国製商品のメラミン混入事件や玩具の鉛混入事件など、親が不安になるニュースが毎日のように流れていました。ひとりの母親として安心して娘に使わせられるようなものが周りになかったので、自分が作ろうと考えました。そこで両国の職人に頼み込み、はじめの一つを作ってもらったのです。
YASUYO:当時はレーザーで加工なんて数は販売できなかったのです。北海道の職人に、はんだゴテを作ってもらい、そのコテで焼印していきました。ただハンダゴテは押しているうちに熱くなるので、バケツを隣において冷やしながら、押していくのです。ただ手のひらだけは火傷してしまうので、多い時は1日100枚、タオルを巻いて冷やしながら焼印していました。
YASUYO:ハハハ。事業を0から1にする大変さは文字通り、肌で感じています(笑)
YASUYO:国際線のフライトアテンダントでした。そこでは礼儀作法というプロトコルからコーチングまで色々なことを学びました。自分がお客様に満足していただける1流のサービスを提供するには、1流のサービスを受けなくてはならないことも学びました。
YASUYO:私の名刺には「働く子育てママを応援する事業部長」という肩書を付けています。4人に1人が65歳以上の高齢化社会の中で、日本の労働人口は減少の一途。このままではGDPも比例し、減少することは確かです。だからこそ、日本の未来は働く女性にかかっているはずです。特に母親の目線で開発されたものやサービス、平たく言えば市場などはまだまだ可能性が眠っています。私は事業を通じ、このような女性に働く機会を創りたいのです。
YASUYO:恥ずかしい話ですが、予算がなかったので、娘をモデルに使わざるを得かったのです。「娘が使って喜ぶかどうか」ベビーカーを隣に置いて、一つずつ私が商品に焼印を入れていたころからずっと娘が最大の意思決定者です(笑)小学生になった今では、自分が絵を書いて、こんなのを作ったら良いと言ってきます。
YASUYO:食器は料理の一部です。せっかくFUNFAMを出産祝いで贈られても作れなければ意味がありません。そこでママを応援する意味で食器に併せたレシピを作ったのです。それでも作り方が分からないという方に、離乳食スクールという料理教室を開催しているのです。それも自分の子育ての経験から得た知識を誠実に伝えていくことが使命だと思っているんです。
YASUYO:そのサービスこそ求められている市場のニーズだと思っているからです。それがなくては、この時代に後発で食器メーカーを創業する意味なんてないでしょう。
YASUYO:「日本の女性が活躍できる場所を創る」ことです。これからの日本には女性の力が必要です。残念ながら、日本は先進国と比べ、女性が働きやすい環境がまだ十分に整っていないのが現実です。
YASUYO:為せば成る、為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり。
YASUYO:小さいことを気にしない性格から、みんなに男前と言われています。
YASUYO:当然、事業を経営する上で辛いことは沢山ありますが、私が主宰する離乳食教室などに参加されるママやお子様の笑顔をみると、沢山元気をもらいます。
YASUYO:今も母親を不安にさせる「食の安全」に関するニュースが報道されています。自分は何を信じれば良いのか。真面目なママほど一人で抱え込んでしまうようです。私も同じ気持ちでしたし、だからこそ子供を持つ母親の目線で商品を作ってきました。もし、困ったら先輩ママとしても何かお役にたてるかもしれないですね。近く、離乳食スクールでお会いしましょう!ママ友もできるし、和気あいあいで楽しいですよ。